英製和語
文・広瀬直子
見出しを見ると四字熟語か漢詩の1行のようですが、和製英語とは逆に、英語圏に輸入されてひとり歩きした言葉、つまり「変な日本語」の一種です。英語圏を旅行中に気づいた読者もいらっしゃるでしょう。
英語圏で、別の意味で浸透している日本語に、futon と呼ばれるソファベッド、「和風の」とか、(デザインなどが)「落ち着いた」ぐらいの意味で用いられる zen などがあります。

意味や用法がズレるのは外来語の宿命なので、私は特に異議はありません。お気づきのように、日本の和製英語のほうが数にしておびただしく、ズレ方もはなはだしいのです。
ただ、日本の代表選手であるsushi が英語圏で時々「食用生魚」の意味で用いられているのは問題だと思っています。調理済みのサンドイッチと中身のハムを混同して、ハムを「サンドイッチ」と読んでいるようなものです。代表選手が誤解されるのは困ります。そもそも、注文時に混乱が発生します。
と言ったものの、実は告白しなければなりません。私はある日、カナダの魚店で、カナダ人のように刺身をsushi と呼んでしまいました。刺身の札にsushiと書いてあったのではありません。なのについ「この魚はナマで食べられますか?」と聞きたくて、 Is this sushi?と 言ってしまったのです。一番早く意図を伝えられそうだと一瞬で判断した、つまり、めんどうくさかったのです。悪質な英製和語にくみした瞬間でした。
変わる日本、変わる世界
この本の元となる原稿が最初に出版されたのは2008年です。2014年に一度ある程度の改定を経ていますが、今回のような大幅改定(注:この改訂版が出版されたのは2023年)をするのは実に15年ぶりです。「歌舞伎」や「茶道」など、伝統的なものは最初に書いた原稿から変更がない一方、変更した項目と文章からは、この15年間に日本が辿った変化の軌跡が見えてきました。
15年前、自販機からはアルコール飲料やタバコが買える、と書きました。しかし、おそらく東京オリンピック前に街のクリーニング(?)があって、これらの嗜好品を買える自販機を見かけなくなったので、その部分を削除しました。またコロナ禍を経て街からずいぶんと減った「パチンコ」という項目も消去しました。
ジェンダー平等の概念が普及したおかげで変更になった文章もけっこうあります。かつて「女性から男性にチョコを渡す」という習慣だった「バレンタインデー」の項目は削除。現在では、女性から男性に渡すと決まっているわけではないからです。
英語圏でも、ジェンダー平等のために変わったことがあります。今の大学生ぐらいの年齢層は she (彼女)、he (彼)という性別を示す単語の代わりに they (複数形の「彼ら」ではなく「あの人」というひとりの人の意味)を使う人が増えているのです。
筆者は、コロナ禍や戦争など最近は暗いことが多いと思っていたのが、この改訂版を執筆して社会がポジティブに変化していることもたくさんあるんだ、と感動しました。普遍的な価値を持つ日本の伝統文化、そして世界に自慢できる日本のオタク文化。読者の皆さんはぜひ、それらを発信する仲間になってください。
*この記事は、広瀬直子著『日本のことを1分間英語で話してみる』に掲載されているものです。