Toronto Vital Signs 2016:数字で見るトロントの暮らしやすさ診断

文・空野優子

メープルの葉が赤く染まる毎年10月、Toronto Vital Signs Reportと呼ばれる報告書が発表される。これは、トロントコミュニティ財団(Toronto Community Foundation)という団体がトロント市民の暮らしの現状を経済、健康、安全、雇用、環境など色々な分野に分けてまとめたもので、いわばトロントの暮らしやすさに関する診断書である 。

今回はその報告書の中から私が個人的に興味深いと思った点をいくつか紹介したい。

img_20161103_174506466治安について:

比較的安全な街として知られるトロントだが、それはどうやら統計的にも事実のようである。トロントはカナダ第一の都市であるにもかかわらず、主要都市の中で最も犯罪率が低い。

犯罪の内訳をみると、カナダらしい統計としてhate crime(ヘイト・クライム:特定の社会グループに属する人に対する憎悪に由来する犯罪。人種差別的発言や嫌がらせから、時には殺人まで幅広い)がある。こちらは年平均143とここ10年ほとんど変わらない。ユダヤ教、イスラム教などのコミュニティや性的マイノリティグループが主な被害の対象となっている。世界中から人が集まり、多様性を看板としているともいえるトロントでも、このような犯罪が減らないのは忘れてはいけない一面である。

ただ、多様性の受け入れを重視するトロントだからこそなのか、ヘイト・クライムに対する目も厳しい。以前私の勤める大学のトイレの壁に反ユダヤ的な落書きがなされていた時は、即座に全生徒、職員に対し、このような行為は断固許されないこと、大学は警察と連携して犯人の特定に全力を向けていること、など強い言葉が並んだ学長のメッセージが送られた。落書きとはいえ、ただのいたずらで済まさないというこのような対応が、差別をなくす社会を目指すうえで必要なのだろう。

子育てと貧困:

各国都市の住みやすさランキングで上位にランクするトロントだが、国際比較でこれまた上位にランクするのが、子どものいる世帯の子育てにかかる出費。乳児(18か月未満)の保育料は平均で月額1736ドル(約14万円)にものぼり、収入に応じた助成制度があるものの、これも数に限りがあるらしく、助成を受けられるはずなのに受けられない家庭も多い。保育料が高いために子どもが小さい間は働くことを断念する親(たいていの場合母親)も多く、これが男女の所得賃金の差が縮まらない要因の一つであると指摘する声もある。

また、子どもが小学校に上がったら解決かというとそうではなく、一人で留守番させることができない低学年の間は、親が共働きだと有料の放課後プログラムに入れなければならないので、結局高い支出は10年以上続く。小さい子どもが2人いる私にとっても、この問題は他人ごとではない。

また、子育てに関連して、報告書は子どもの貧困にも触れている。カナダの都市の中で子どもの貧困率は一番高く、約4人に一人が貧困家庭に育つとのこと。経済的理由から、缶詰、乾物などの食品を無料で提供しているフードバンクを利用する人の数は2008年から48%増とのこと。

また貧困は市内でも一部に集中しており、地域ごとの格差も見逃してはいけない。

vital signs交通網:

今さら驚くことではないが、トロントは依然車社会である。自転車、地下鉄など、車以外の手段で通勤する人は増えているものの、特にダウンタウン以外では9割以上が車通勤である。まあこれは、公共交通網が整っていない(なんたって主要な地下鉄は2線のみ)のだから当然と言えるが、そのため渋滞がひどく、平均通勤時間もとても長い。

市民の奉仕活動について :

以前にも書いたが、これはトロントに限ったことではないのだろうが、カナダの人はよく寄付をする。ボランティアに参加する人も多いように感じる。実際、このレポートによると、税控除が受けられる寄付だけを見ても、2割以上の人が寄付をしており、その額は平均にして380ドル(3万円程度)におよぶとのこと 。ボランティア活動に関しては43.7%の市民が何らかの形で参加している。例えば夏から秋にかけては毎週末のように、チャリティマラソンが街のどこかで行われるし、ボランティアを募集しているNPO団体はあちこちにある。

芸術と文化:

トロント国際映画祭などのイベントの多いトロントでは、一般市民の芸術文化への関 心も高い。トロント市は人口当たり を芸術・文化的取り組みに充てることを目標にしているとのこと。また、トロントはハリウッドや米国の人気ドラマの ロケ地としてもよく使われており、テレビ、映画、CMなどのための撮影日は2015年に延べ6680 日に上ったという。

とここまで書いて、果たしてトロントは住みやすい街なのだろうかと考えてみた。その答えは尋ねる人によって違うだろう。 当然、上にあげた例にみられるように、克服すべき問題は数々ある。ただ、多様性を受け入れたり、困っている人を助けたり、芸術を楽しんだりと、少し心にゆとりがある 人が集まっているように思う。そのことが、トロントを活 気と魅力のある街にしているのではというのが、ここに住んで10年になる私の印象である。

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