「人生最後の選択:カナダにおける安楽死について」
文・三船純子
亡くなった知人が安楽死を選択していたことを知った。2019年にグリフィス・ケイトリン氏が友人の母親の安楽死についてまとめた記事には、安楽死のプロセスと、その選択した当人の家族の葛藤が詳しく書かれている。自分の最後を選択する権利を行使しなければならない状況と選択は当事者やその家族にしかわからない苦悩と壮絶さがあるであろう。
カナダでは2016年に安楽死(医師の医療または薬物幇助による安楽死)MAiD(Medical Assistance in Dying)が合法化された。重篤な病状により耐えられない肉体的、精神的苦痛を感じている患者に安楽死を選ぶ権利が与えられるようになったのだ。安楽死は医師や看護師の立ち会いのもとで行われ、病院だけではなく、自宅や高齢者施設でも実施することが可能だ。
合法化後に対象となったのは、カナダの公的医療サービスを受ける資格があり、18歳以上で意思能力があり、治療の難しい重篤な病を患い、自然死が予見できる状態にある患者であった。また医師からの十分な説明があり、患者が自発的に安楽死を希望しているという条件も満たさないといけない。
それが2021年には、自然死が予期できなくとも重篤で治癒が見込めない難治疾患または障害を患い、当人が耐えがたい苦痛を抱えている場合には、致命的な病気でなくとも安楽死を選択できることがカナダ上院で可決された。そして本年2023年からは、精神疾患のみを抱える人も安楽死を選択することが合法化されることとなった。
重度の鬱病など精神疾患により引き起こされる希死念慮(死にたいという気持ち)と本人の自発的な意思を見極める難しさが指摘されている。ラメッティ司法大臣は精神疾患者の尊厳死の採決後、「カナダ国民の自律性を尊重すると同時に、弱者を保護するものだ」とツイートした。
この法案可決について、障害や精神疾患を持ち、また低所得であり、適切な支援やサービスを十分に受けられていない人々を安楽死の選択に向かわせてしまうのではとの懸念も出ている。安楽死を選んだ人の内の低所得者の割合はまだ明らかにされていないが、カナダでは障害を抱えた人の4人に1人は低所得者であると言われている。

尊厳死を選択した50代の男性の記事を読んだ(*1)。彼は末期患者ではなかったが、難治疾患を抱えており、介助なしには生活が困難な状況で、家賃が払えない継続的な貧困、そして幼少期に受けた虐待が原因ともなった精神疾患をかかえていた。彼は亡くなる前日に、自分の体は既に崩壊しており、これから長期介護施設で十分なケアも受けられないまま見放されて死んでゆくよりは、自分のベッドで死にたいと話している。
長期介護施設で過ごすよりも、自宅で自分の妻に看取られ死んでいくという選択をした彼は、それが自分にとって最善の道だと感じたのだろう。そして耐えがたい病状と希望が持てない環境に死ぬしか選択がないようにも感じてしまったのだろうか。教会でボランティアをしていた彼に出会って結婚した彼の妻が、彼の安楽死という選択を受け入れたのには、二人の信仰が大きかったそうだ。
カナダでは2021年には10,064人が安楽死を選択したとされ、数字は2016年以来年々増え続けている。
人生最後の選択である「死ぬ権利」を強く訴えた患者やその家族の声が、カナダの安楽死を合法化させた。しかし、その最後の選択が限られた選択しかない社会的弱者にとって「死ぬ義務」とならないことを願う。