日本の母の遠隔介護談」
文・三船純子
日本にいる高齢の親の介護問題は海外在住者の誰もがいつかは直面する問題だ。トロントの私の周りにも、親の介護で日本に帰国する友人知人が沢山いる。私も実は昨日16日間の日本滞在を終えてトロントに戻ったばかりだが、母が高齢者用施設で落ち着いて生活している様子を確認することができた。
コロナのパンデミック禍中にお母さまのサポートの為に帰国された経験を嘉納ももさんも書かれている。私も2021年の年末に、一人暮らしが困難になっていた母の介護の為に帰国した。当時青森県在住で86歳だった母は元気に暮らしていたのだがコロナ禍中に認知症が急速に進み、中度のアルツハイマー型認知症と診断された。
それまで「目の中に入れても痛くない」と言っては可愛がり、頼りにしていた東京在住の息子(私の弟)が通帳や印鑑を盗んだと言い出し、彼からの電話に出なくなり、尋ねに来ても家に入れなくなってしまっていた。弟だけでなく隣人も「家の中に入ってきて色々盗んでいく」、と言い出した時点で、私はカナダから地元の高齢者支援(地域包括支援センター)の窓口に連絡を入れ、サポートをお願いした。電話とメールで担当の社会福祉士の方と連絡を取り合いながら、母にも社会福祉士からのサポートを受け入れるよう説得しなければならなかった。
日本の介護サービスの受領資格となっている介護保険に入る為に医師の診断が必要だが、母は医者嫌いだった。そんな母を社会福祉士が付き添い一緒に精神科医へ出向いてくれて、診断をしてもらえるまでの説得が大変であった。その間、私も日本へ行く予定を立て、母の診断日には東京で感染対策として施行されていた2週間の自主隔離中だった。
自主隔離開けに青森に向かい、変わり果ててしまった母の介護と家の掃除と整理をしながら、母に介護認定調査を受けてもらった。正式な認定には数週間はかかるということだったが、母は要介護一の推定認定という結果を受け取った。推定の認定でも担当のケアマネージャー(ケアマネ)がついて下さり、社会福祉士と共に大急ぎで地元の入居先の有料老人ホームを探すべく奔走してくださった。私が青森にいる数週間の間になんとかしたい事情を憂慮していただき、他の入居候補者よりも先に有料老人ホームへの入居手続きを進めていただいた。入居当日は嫌がる母を説得させながらの引っ越しとなった。その間2週間ちょっとで全てが進み、周りにも異例の速さだとびっくりされた。
母が一人暮らしから施設の生活への変化に慣れるまで一年近くかかり、当初は電話口で私に施設のサービスへの不満をこぼすことが多かった。母が安全に一人暮らしをすることは不可能であったとしても、母を無理やり施設に入居させてしまったような罪悪感もあり、母から聞いたクレームを私からケアマネさんや施設のスタッフにラインで報告するということが暫く続いた。そんな母からの施設への苦情がなくなってきたことに気が付いたのはここ4~5ヶ月のことだった。丁度母が施設に入居してから1年が経っていたころだ。
ケアマネさんは、カナダから母のことを気に掛ける私がいつでも彼女に連絡できるようにきめ細かい配慮をして下さる信頼できる方だ。そのケアマネさんが、今回お会いした時に母が施設で回りとの人間関係を上手くはぐくみ、落ち着いて暮らしているのでどうか安心してくださいとおしゃってくださったことで少し気持ちが楽になった。ケアマネさんが、母が新しい入居者の方に「私も慣れるまで大変だったのよ。」といいならがサポートしていると教えてくださった。実質的な施設とのやり取りや諸手続きは東京の弟に任せがちだが、その分財政的なサポートを提供し、施設のスタッフの方々やケアマネさん、そして地元在住の叔父などの助けを借りながら、母は有料老人ホームでの暮らしを続けている。
父と結婚するまで小学校の先生として働き、多くの趣味を持ちながら50代で山歩きを始め、日本百名山の内77の山に登ったという母は、自分の健脚が自慢でおしゃべり好きだった。きれい好きで何事もきちんとしていないと気が済まなかった母が、認知症を発症してからは家の中も片付けられなくなっていた。
感情の激しい所があった母が、今はとても穏やかで優しくなっている。過去の嫌な思い出を忘れていることで、母の心が平穏でいてくれることを願うのみだ。今回別れ際にポロポロと涙を流しながら「来てくれてありがとう」と母に言われ、近くに住んでいたらもっと頻繁に会いに行ってあげられるのにと、日本に住んでいないことがとても辛く感じられた。
今回の帰国で久しぶりに会った同年齢の友人達や還暦の同級生達も、みな同じように高齢の親の介護や老後問題を抱えていた。日本国内に居ても、実家のある地元で一人暮らしをする親や、地元の施設に入っている親のことを他県で気にしながら暮らしている友人や同級生達。遠隔の距離に違いはあっても、同年齢の私達が抱える問題はみな同じなのだ。
遠隔介護に関しては、様々な情報がオンラインでも入手できるが、私もお世話になった「遠隔介護ハンドブック」(下記)や、日本に家族や親戚のサポートが無い方のための遠隔介護をサポートする家族代行サービスなどもあるようだ。近くにいてあげられないことから不安になりがちな遠隔介護だが、親のケアチームや地元のサポートと連絡を密に取り合いながら、自分にできることをしていくことが大事だと思う。 「遠隔感度ハンドブック」~いざという時に公開しないために~ 角谷紀誉子・森山洋子著 Success Abroad Counselling http://wise-leadership.com/aboutbook