お医者さんにかかるなら　カナダvs.日本

文・野口洋美

先に掲載された嘉納もも・ポドルスキー氏による『「どっちの国が住みやすいですか？」～医療編」』は興味深い。

嘉納氏は、自分で診療科を選んで通院できる日本のシステムは、ファミリー・ドクターを介さなければ専門医にかかれないカナダと比べ「アクセス面」では優れている。しかし手術や入院を要する深刻な病気の場合、医療従事者の「技術や看護の質」に関しては、日加間に遜色は見られない。さらに医者やその知人に知り合いがいた場合、優秀な外科医への紹介や迅速な手術などの優遇が期待できるのは、日本もカナダも同様だ、と述べている。

氏の話にうなずきながら、冬は日本、夏はカナダの二拠点生活をおくる私の体験も紹介してみたくなった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私が冬を越す白馬村は、1998年に冬季オリンピックが開催されたウィンターリゾート地だ。人口わずか8千人の小さな村だが、年間200万人以上の観光客が当地を訪れる。

白馬村には、6件の医院・診療所があり、予防接種や発熱や咳などの軽い症状を診てくれるのだが、専門医にかかる場合、車で25分程の市立大町総合病院（通称大町病院）を訪れる。大町病院は、長野県大北地区に暮らす住民6万2千人に対応する総合病院だ。

一方、私が、夏を過ごすオンタリオ州コリングウッド町は、ブルーマウンテン・スキーリゾートを臨むオンタリオ屈指のリゾート地だ。この町にある総合病院は、コリングウッドとその州辺地区の住民7万4千人のための病院だ。

さて、奇しくも環境や規模が似ている二つの病院の利用方法を比べてみたい。

まず、大町病院。ここでの初診に予約は要らない。診療科や担当医師によって受付時間や診療時間が異なるので、まずは電話での確認をお勧めするが、当日の朝、直接総合受付を訪れても診察を断られることはない。ただし、予約のある通院患者の合間の受診となるので、1〜2時間は待つ覚悟が必要だ。

私がここを受診して最も驚いたことは、初診時に専門医が必要と認めた検査がすぐに院内で受けられ、結果も当日同じ専門医から患者に伝えられることだ。

例えば、2、3日妙な頭痛が続いたために遠慮しながら訪れた脳神経外科では、診察後すぐに放射線科でMRI。結果は問題なし。受診を思い立ったその日に安心を手に入れた。

また湿疹がなかなか治らないので訪れてみた皮膚科では、医師が患部の一部を採取し臨床検査にまわす。1時間後には感染症の疑いが晴れた。

どちらも初診受付から会計終了まで約2時間半。このスピード感はありがたい。（もちろんこれは私の体験であって、日本ならどこでもこのような対応が期待できるわけではない）

一方、同じ病院の循環器内科に毎月通っているカナダ人の夫は、予約があるのに受診までの2時間待ちに閉口していた。診療時間のうち最も早い午前9時の予約でも10時頃まで待たされるのは、朝早くから受付窓口に並んでいた初診患者を先に診るからなのだろう。

ちなみに受付開始は午前8時、診察開始は午前9時だ。たとえ予約があっても診察は当日の受付順であるらしいことがわかってきたので、8時に受付を済ませたら、その日は9時きっかりに名前を呼ばれた。（やはり1時間待つことに変わりはないのだが…）

さて、コリングウッド総合病院だが、救急以外の初診患者がここを訪れることはない。総合病院だけでなく、カナダで専門医療を望むときは、かかりつけのファミリー・ドクターの紹介が必要だ。脳神経外科や循環器内科のみならず、日本ならまるでコンビニに行くように訪れる耳鼻咽喉科も紹介がなければ診てもらえない。

したがって、どんな症状でも、まずはファミリー・ドクターに電話し、症状を伝え診察日時を予約する。私のかかりつけ医の場合、至急処方箋が必要そうな症状でない限り、予約は１週間程先になる。

やっと診てもらえても「2、3日妙な頭痛がする」程度でMRIは期待できない。たとえ放射線科を紹介されたとしても、今度は放射線科から予約日時を知らせる電話を待つことになる。そしてこの予約は少なくとも数ヶ月は先であり、その結果はさらに数週間後にファミリー・ドクターから知らされる。

むろんMRIの結果、深刻な病気が疑われた場合はその限りではないし「救急を訪れる」というオプションは常にある。だが、コリングウッド総合病院の救急の待ち時間は、平日の昼間で平均6時間、休日や夜間なら12時間以上だそうだ。

もちろん、緊急搬送されるような深刻な状態はこの限りではない。症状の重篤さによって診察順を決めるのは、日本もカナダも同様だ。コリングウッド総合病院でも一刻を争うような症状への対応は驚くほど迅速だと聞く。

オンタリオ州の医療保険（Ontario Health Insurance Plan ＝OHIP）の適用範囲内の医療はすべて無料であることから、緊急事態以外での受診に時間がかるのは仕方ないのかもしれない。ちなみに、OHIP適応外である一般眼科（視力検査等）と一般歯科（虫歯治療やデンタル・クリーニング）の受診にはファミリー・ドクターの紹介は要らない。自分で予約をとって受診できる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

さて、私が年の半分以上を過ごすコリングウッドの総合病院に、実は私はかかったことがない。それどころかファミリドクターですらここ数年ご無沙汰だ。

ちなみに昨年急病にかかったときは、たまたまトロントに滞在中で、トロント総合病院の救急にお世話になった。この時の体験談はこちらだ。

それにしても、日本の脳神経外科で体験した「初診からMRI まで20分」には目を見張るものがある。この頃の私は、多少気になることがあっても、「日本に行ってから診てもらおう」と考えるようになった。

緊急事態への対応には、カナダの医療の恩恵にあずかりながら、慢性疾患や「ちょっと気になるアレコレ」については日本の医療を頼る。二拠点生活をおくる私の、ささやかではあるが、ありがたい特権である。