移動するシニアたち〜発見することのうれしさ

文・野口洋美
近年、シニア世代の移住が目立っているという。私たちGroup of 8の記事にも「シニアの移住」が描かれたものがいくつかある。

文・野口洋美

近年、シニア世代の移住が目立っているという。私たちGroup of 8の記事にも「シニアの移住」が描かれたものがいくつかある。

三船純子氏は、逆移住・カナダを去る人々で、親しくしていた移住者たちが、日本に帰ってしまう寂しさを訴え、シニア世代には日本とカナダを頻繁に往き来する「往来組」も少なくないと記している。2019年まで私はこの往来組の一員だった。年に2回、母の晩年には4回、2〜3週間ほどの一時帰国を繰り返した。

この「往来」に付き合っていたカナダ人の夫は、日本への愛着が募り、退職後日本に住みたいと言い始めた。この経緯については、過去の私の記事、ふたつの拠点「ダブルローカル」〜新時代の暮らし方に委ねるが、コロナ禍をきっかけに始まった私たち夫婦の二拠点生活は、7年目の今も続いている。

このように日本で「暮らす」ようになってからも、夫の日本に対する高い評価は衰えていない。安くて美味しい食事、観光列車を含む鉄道の旅、良質でリーズナブルな価格の衣料雑貨、そして迅速かつ丁寧な医療システムなど、夫の日本自慢は、カナダで過ごす夏の生活の中でも頻繁に登場する。言葉の壁という不便はあっても、白人にとって日本はやはり「いい国」であるらしい。

サンダーズ宮松敬子氏の退職後の移住ブーム考察―その光と影でも、生まれ育ったアメリカから、母親の故郷である日本で暮らしたいと、新潟県上越市の限界集落に移り住んだ日系女性とその白人の夫の暮らしぶりが描かれている。彼らは村民にあたたかく迎えられ、日本語を学びながらの生活に満足している様子だ。しかし宮松氏は、もしこの夫妻がアフリカや中東出身だったとしたら彼らの生活は満ち足りたものであるだろうか、とも問うている。

私も夫も「帰るところがある」という安心感のもと、大した覚悟もなく二拠点生活を続けているのだが、毎年冬を越す場所が上越市に近い長野県北端の村であるため、日本での生活環境は、このアメリカ人夫妻のものと似ている。近所の人々はとてもフレンドリーで、私たちは、春には「いってらっしゃい」と送られ、秋には「お帰りなさい」と迎えられる。お客さん扱いされていると言ってしまえば身も蓋もないのだが、とりあえず、居心地はいい。

宮松氏の視点は、日本社会の多様性への受容と偏見に目を向けさせる。日本での生活が快適である理由や、「居心地の良さ」が生まれる背景には、受け入れられやすい属性が影響しているのではないかと問うことで、すべての人があたたかく迎えられる社会の実現を求めている。 

さて、カナダから日本へのリターン移住は、祖国への凱旋的な要素が否めない。リターン移住を決めた人の多くが「円安が決め手となった」と語る。彼らは、少なくとも経済的には、日本での生活に不安を抱えてはいない。しかしそんな彼らも、私のように祖国の日常に異国を発見することになるだろう。

日本が生活の場となってから6年、私は今も発見を繰り返す。30年以上日本の日常から離れていると、日本人の対応や言葉遣いに対してイライラしたり呆れたりすることもある。しかし、日本での暮らしは、そのような出来事も含めておおむね新鮮で興味深い。日常生活での小さな違和感や驚きが、異文化理解の糧となり視野を広げてくれる、と言うと大袈裟だろうか。

シニア世代にとって「新しい」体験はとても大切だ。例えば、海外旅行やクルーズなど長期間の旅を楽しむシニアも多い。極寒のカナダを避けてフロリダやアリゾナといった温暖な地域で冬を過ごすスノーバードたちもたくさんいる。彼らは「快適」のみならず「新しさ」を求めて移動している。その根底にあるのは「ワクワクし続けていたい」という究極の願いだ。

移動するシニアたちは、快適さや新しさを求めるだけでなく、不便や困難を乗り越えつつ、その過程で得られる発見や感動を大切にしているにちがいない。少なくとも私はそうだ。新しい土地や環境で経験する「違和感や驚き」を受け入れ、それを楽しむ「発見することのうれしさ」こそが、シニア世代の生きがいなのだ。 

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